アトジロアルプスヤガ Xestia sincera (Herrich-Schäffer, 1851)
【アルプスヤガ】と言えば高山蛾を代表する種である。
本種はアトジロアルプスヤガ。アトジロ…後翅が白いアルプスヤガの意であるが、あまり似ているとは思わない。
高山蛾と呼ばれる一群は何種か存在するが、この蛾はイマイチ高山性なのかどうかハッキリしない。
日本では採集できる場所は標高こそ2000mを超えた箇所であるものの、海外での寄主植物はトウヒとなっており亜高山帯に生育する植物である。
高山蛾、と呼ぶことには少し抵抗もあるかもしれないが、僕は高山蛾と呼びたいのだ。
本種は鱗翅学会発行の「やどりが」でシリーズ化されていた「日本の珍しい蛾」にも名を連ねる珍蛾でもある。
枝恵太郎,1999.日本の珍しい蛾-12-アトジロアルプスヤガ.やどりが (180):36
そんなアトジロアルプスヤガに出会うことなんてあるのだろうか、と思っていた。
しかし、蛾仲間の鉄人monroe氏がまたやってくれた。アトジロアルプスヤガを見つけてしまったのだ。翌年僕はそのポイントへ向かった。
僕のようなへなちょこでも行ける場所だ。しかし、行った時間は雷鳴轟く土砂降り。とてもじゃないがライトを点灯するような状態ではない。
これはダメだな、徒労か…と諦めていたところ…
いたのだ。建物の窓の隙間に。
「あぁっ!!?」
思わず声が出た。高山の白い貴婦人は逃げることなく撮影に応じてくれた。
まるでシャクガのようなモンヤガ。これは高山蛾だ。間違いない。
「ありがとうございます」
おもわず口に出た。
僕は誰にお礼を言ってるのだろう。
もちろん、鉄人monroe氏に対する感謝の意もあった。
それに加え、この美しい蛾と出会えたこの瞬間に思わず出た言葉なのかもしれない。
人づてに「アトジロはすぐ背中がハゲちゃうんだよ」と聞いていた。
ところがどうだ、この個体は美しいままだ。こんな美麗な個体に出会えたことにはやはり感謝である。
いつの間にか雨は止んでいた。大きな成果を得て満足気に歩いている僕の目の前をヒラヒラ舞う蛾が横切った。
「いた!」
なぜか僕は確信していた。飛んでいるのに、まだ一個体しか見ていないのに。
それがアトジロアルプスヤガだと脳が瞬時に判断した。
追われた蛾は逃げもせずふわりと僕の3m先へ舞い降りる。
ほら、アトジロだ。しかもまた綺麗な個体。
この後、一晩中歩いたが結局二個体と出会うに留まった。だがそれでも満足だった。僕はアトジロアルプスヤガを見たのだ。
種小名はsincera (シンケラ)
イタリア語やスペイン語で誠実な、という意味があるようだ。
アトジロアルプスヤガ Xestia sincera male
静岡県 July 26,2019/Masahiro IIMORI leg.(IMC00166)
採集地は特別保護地区に囲まれた箇所である。
事前に充分な確認を行い、無意識に特別保護地区で採集をしないよう、充分注意せねばならない箇所だ。
ちなみに蛾といえば「みんなでつくる日本産蛾類図鑑」であるが…
ここに【成虫写真1】として掲載されているアトジロアルプスヤガはおそらくヤツガタケヤガの誤同定と思われる。
画像は産地が山梨の大弛峠となっているが、この画像以外の大弛(国師岳)産は文献を見ても、人づてに聞いても確実な記録が見当たらない。
ややもすると標準図鑑にも記述がある国師岳には産しない可能性があるのだ。もしこの近辺産のアトジロアルプスヤガをご存じの方はご一報いただきたい。
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