フルショウヤガ Agrotis militaris Staudinger, 1888.
_僕は北の蛾が好きである。なかでも、北に多いモンヤガ亜科にはひと際思い入れが強い。
そんな僕の嗜好を決めたのはこのフルショウヤガである。最初に画像を見たときのインパクト、この蛾を見ずに死ねるかと思わせたほどだった。
この蛾に会うことは僕の一つの目標であった。
私事になるが、僕はほとんど北海道へ遠征というものをしなかった。というかできなかった。
ある程度の連休をとり、家族(主に嫁)の機嫌を伺い、なおかつ安くはない航空代や遠征費を自分の小遣いから捻出する。とてもじゃないができるものではない。そんな感じで北海道の蛾は諦めていたのが正直なところだった。
状況は変わるものだ。
数年前に部署が異動になり休みがとりやすくなった。子供も大きくなり手を離れつつある。格安航空チケットが手に入る時代になった。
しかしいつまでもこの状況が続くなんて保証はどこにもない。また部署が変ればもう無理だ。
そう思った僕の北への憧憬は一気に爆発する。
9月初旬。この年4度めの北海道。僕はオホーツクの海岸に立っていた。
ついに憧れのフルショウヤガが現実味を帯びてきた。時期に産地へ行きさえすればそう珍しいものでもないという。
海岸に棲むフルショウヤガ。昼は流木に隠れているという。
最初の一個体目はライトに飛来したものではない、ありのままのフルショウヤガを見たかった。
砂浜の流木を探すこと2時間。いくら北海道とはいえ、日が照り続ける海岸は暑い。Tシャツは汗でびしょびしょになっている。
強烈な陽射しと歩きにくい砂浜が、若いとは言えない僕の体力を容赦なく奪う。
頭もボーっとしてきた。喉もカラカラだ。
まだ早かったか・・・?「フルショーいなくて泣いてる」 と仲間にLINEを送る。
半分作業となっていた何十本目かの流木をひっくり返す。
そこに何かいた。白っぽい蛾だ。
「あっ... フルショウ...」
憧れの君と遭遇した僕の第一声は思いの外か細かった。
北の海岸に佇む貴婦人に出逢った僕は冷静だった。
この蛾の前で取り乱したくない。これは僕にとって謁見なのだ。
フルショウヤガは個体変異が大きい。これは斑紋が清楚な型で美しい。僕の憧憬を裏切らない個体だった。
謁見を済ませた僕は夜のライトで追加を狙う。
海岸に仕掛けたライトには2つのフルショウヤガが飛来した。
これはコントラストが強い個体。これもまた美しい。
新鮮な個体を得ることができ、大満足だった。
種小名はmilitaris (ミリタリス) 軍隊、という意味だろうか。
憧れの蛾をひとつ手にするたび、楽しみが減っていくような気もして寂しい。
ひとつの大きな目標を達成するとそんな感傷に浸る。
それでもフルショウヤガに逢えた人生で良かったと心から思う。
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