僕は焦っていた。今年もまたアズサキリガには逢えずじまいで終わるのかと。
4月の中旬から5月の中旬にかけて出現する春のキリガである。
その時期に仕事の都合、他種の採集、期待していた林道の通行止めも重なり採集へ行けていなかった。
時は5月下旬。周りで聞こえるアズサキリガ採集の報告も殆どなくなってきた頃だった。
(今年は既知産地ではもう採れない)
そう考えた僕は賭けに出た。
前々からモミやゴヨウマツが生育しており、プセウドパノリスがいるかもと目をつけていた高標高地での採集を決行した。
気温は12℃。点灯後30分、一匹の虫も飛んでこない。
1時間経過。ようやく【ミヤマカバキリガ】や【マツキリガ】、【シーベルスシャチホコ】などが飛来する。
違うんだ、お前たちじゃない。
でも飛来する蛾はアズサキリガのハイシーズンのそれだ。期待していいのか?
そもそもモミはたくさんあるのに【タカオキリガ】が飛んでこない。やっぱりだめか?
1時間半経過。時刻にして20時半を少し過ぎたあたりだったろうか。
半透明の幕の裏側に止まる蛾と目があった。蛾はこちらを向いており翅が見えない。
しかし、その木が折れた断面のような顔には見覚えがあった。
「タカオか!?」
近寄って確認する。見た瞬間わかった。タカオじゃない。
「アズサ!?アズサだろこれ!」
触角を念のため確認する。フッサフサである。
「アズサだあああ!!!!!」

【成虫♂写真】20140530吾妻郡嬬恋村<標高1880m>
僕は賭けに勝った。お世辞にも綺麗な個体とは言えない。翅頂がスレているのは肉眼でもわかった。
だが、確実に生息しているかわからないところで幕を張り、狙い通り目的種が飛来すると本当に嬉しい。
嬉しさのあまり比喩ではなくその場を転げまわった。傍から見たら通報モノの奇行であろう。
転げまわる僕のそばにもう一頭、アズサキリガが飛来した。

【成虫♀写真】20140530吾妻郡嬬恋村<標高1880m>
今度は♀である。しかも綺麗な個体だ。これを大勝利と言わずして何が大勝利だろうか。
この夜は僕にとって鮮烈な記憶となって残る夜となった。
北海道、本州中部での記録があるが同属タカオキリガと比べると極端に産地が限定されている。
標高に左右されない蛾のようだが、埼玉県での記録は今のところない。
種小名はazusa (アズサ)。梓川流域で初めて記録されたため、この名がある。
大和田守氏がタカオキリガを採集していた時、タカオキリガに似た触角の違う蛾が混じっていた、
それがこのアズサキリガの発見だったという逸話は有名である。
大和田守,1991.日本の珍しい蛾6 アズサキリガ.やどりが :146.
興味のある方はご一読いただくことをお勧めする。